「仕事」を通じて
人生が見える映像職業図鑑。
スマートシティアーキテクトと聞きなれない職業の中村さんは、日本のITの開拓者であった。若い頃に起業し、日本のWEB決済のシステムの基盤を作った。その後サン・マイクロシステムズなどの会社をわたり、2011年1月スマートシティに携わりたくてアクセンチュアに入社。そこで人生の大きな転機を迎える。その後3月11日に起きた東日本大震災だ。その頃スマートシティの実証実験の場所を探していた彼は復興の意味も込めて東北・特に福島こそ、この新しい取り組みを行うべき場所だと各地を視察に回る。そこで出逢ったのが会津若松であった。彼はこの場所に惚れ込み移住を決意。OPEN, FLAT, CONNECTED, COLLABORATION & SHAREというスローガンの元、三方良しを大事にたくさんの企業や多くの会津の人たちを巻き込み、スマートシティAiCTを完成させる。
そこでは日本の最先端の技術の実証実験や自治体を巻き込んだDX化を行い、「会津モデル」というジャンルも構築した。2021年12月には岸田首相も訪れこの施設の視察を行い、この「会津モデル」を絶賛した。2022年3月持病の慢性白血病のため急逝。本映像が彼の考えていたことや大事にしていること、生き様そのものを物語る最後の記録となった。
一般社団法人オープンガバメント・コンソーシアム 代表理事/一般社団法人日本IT団体連盟副会長/一般社団法人スマートシティ・インスティチュート エグゼクティブ・アドバイザー/一般社団法人スーパーシティAiCTコンソーシアム 代表理事/会津産学コンソーシアム 理事 /国交省国土審議会 特別委員/会津若松市・石垣市スーパーシティ・アーキティクト /福島県CDO補佐官/大阪府副首都構想委員
1963年生まれ、宮城県出身。IT業界~経営コンサル業界、35年間従事。1986年よりUNIX上でのアプリケーション開発に従事し、オープン系ERP、ECソリューション、開発生産性向上のためのフレームワーク策定・経営に関わる。その後、政府自治体システムのオープン化と、高度IT人材育成や地方自治体アプリケーションシェアモデルを提唱し全国へ啓発。2011年1月アクセンチュア入社。「3.11」以降、福島県の復興と産業振興による雇用創出に向けて設立した福島イノベーションセンターのセンター長に就任した。 現在は、震災復興および地方創生を実現するため、首都圏一極集中から機能分散配置を提唱し、会津若松市をデジタルトランスフォーメンション実証の場と位置づけ先端企業集積を実現。そして、会津で実証したモデルを地域主導型スマートシティプラットフォーム(都市OS)として他地域へ展開、各地の地方創生プロジェクトに取り組んでいる。